John Singer Sargent ― 2012年06月23日 18:17
リンクのほうに、載せながら気がついたんだが、こりゃリンクというものとはちょっと違うよね。そんで、ブログのほうに後から移して行くことにしたんだ 。
もっともベラスケスの『ラス・メニーナス』のパロディは山ほどあって、ピカソですら描いてる。ダリもだって。
ヴァーチャル絵画館 ジョン・シンガー・サージェント
15世紀の肖像画を思わせる真横からの造形が美しいこの女性、とても身分が高そうだが、どうやら、向かって左の肩紐が落ちていたらしいんだな、最初は。 ・・・それだけ?
としても、それがなんでスキャンダルになるのかって言うと、やっぱり、肖像が、リアルだったことから、当時社交界で有名な人物が特定できた事(Xって、やっぱり匿名という意味だったんだろうけど)と、そのだらしなさが官能的とか下品とかで実際、完成した絵の受け取りを拒否されたりと、まあ、大変だったらしい。・・・もったいないなあ。今の感覚から言うと、やっぱり、よく分からんが。
別に何か、作為的なものは感じられないけど。
横顔が特徴的。なんでそんなに目くじらを立てなきゃならんかったのか、やっぱり、よく分からん。社交界は”謎の世界”なんだな、一般庶民には。
そういえば、むかし、師匠がヨーロッパに行って、メビウスやらシュイッテンらと初めて交流を持ったときに、帰ってきてから盛んに、
「向こうのやつらは、生まれ以外のほかのこと、たとえば才能とか、事業とかで成り上がった者を軽蔑するような態度をとるんでムカつく!」
みたいな事を言ってたな。要するに、そういうことなんだ。
ホントは、少年の頭部を描いた魅力的な絵があって、ここに置きたかったんだけど。
どこかで見た事があるんだけど、ネットで調べても分からない。>教えて、知ってる方。
少年少女がうまい画家は最高だ。おそらく人生の一番琴線にふれる部分を忘れていないんだ。誤解を恐れずに言えば、人生は子供の時代を送るためにあるって言う人がいるくらいだからね。荒波の中を潜り抜けてゆがむ前の、神に祝福されたままの姿に、不安とか傲慢とか不遜とか無垢とか、恥じらいとかいろんな宝ものが入ってる。
でも、それが、少数派の意見であったうちはよかったけど、今の時代はそこにしか価値がないように思い込んでいる、「若さ偏重」主義者が大多数の軽薄な時代になっちゃった。持っているものは、それをひけらかし、駆使できる老獪さを身に着けているものが幅を利かし、自分をマテリアルとしておもちゃにできる柔軟さを若いうちから獲得することが普通になってきた。情報にさらされて、猛烈なスピードで老成してしまうんだね。
そんな生まれながらの財産を、努力や忍耐によって違う価値のものと置き換えてゆくのが人生だとしたら、今は、置き換えるのを拒んで後生大事に持ってる連中があふれている。それは生ものですよ?交換期日が迫ってます。いつまでも大事にしていても、変質しちゃうんだからね。
昔はみんなそんな事は百も承知してたから、せめて若いうちは夢を見せてあげたいと、親が子のために努力したもんだったが、今は、親までピーターパンだからなあ。って、人のことは言えないけどね。>自分のことだろ?そうです(T^T)
まあ、そんな価値観が支配的だから、若さを持ってる者から奪ったり、傷つけたりといった事件が多発してんじゃないの?って思うけど。
ああ、また余計な事を考えちまったぜ。そうそう、この絵は、エキゾチックな頭部の形が特徴的。首の長さと、肩の骨、足首の細さ、小さい胸!そして何より肌の色。人種的な魅力を存分に表現してるから、いまだったらアルカイダの標的にされかねないな。逃亡しようとして、鼻を切り落とされた美しい女性の記録を以前、放送していたのを思い出すよ。世界観は正義の質まで変えてしまう。美しさは、永遠の謎なんだよ。人の一生のある一瞬に訪れる、奇跡のような瞬間なのに。
人種的な魅力といえば、造形的な魅力もあって「アナカプリの少女、頭部」はホント、すばらしい!とてもポップな印象だ。真横からの造形は最高にエキサイティング!
いや、・・・この内容で高いとはいえないかも。すごい本です。Abbeville Press!
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