南望 備忘log

孤独のグルメ_22013年03月20日 16:13


 去りぬる2月25日、「まちのグルメの魅力を考えるセミナー」というものが開催され、久住昌之氏が講師として旭川市に招かれたわけだ。
 前日に大いに盛り上がって、燃え尽きてしまったしまったせいで当日は、どんなにしおれているのかと思いきや、さすがプロ、すでに会場入りし、準備に余念がなかった。

 そして、会場になる保健所の前には氏から旭川市民への熱いメッセージが書き記されていた。

 ホケンジョー!

 しり!

 そして、旭川の美味しい牛乳で作ったソフトクリーム+温泉を現す逆さクラゲか!

 いや、ちがう、ショーガクセーに一番人気の典型的なあのマークだ!

 場所が場所だけに、聖路加病院の廊下や階段のオドリバに埋め込まれていた、「病気を媒介する害虫」のモザイクと同じコンセプトのデザインだ!

 所狭しと描かれたメッセージが、訪れる旭川市民を温かく迎えてくれた。

 これから始まる氏のセミナーの充実振りを予感させるに十分なできばえだ!

 さあ、久住昌之氏の登場だ!

 フクムラ氏も元気!
 それにしても、フクムラ氏は、とある有名なアニメ監督にそっくりだなー!生き写しといって良い。

 今日はどんな講演を旭川の皆さんに聞かせてくれるんだろう?楽しみだ。

 
 本当に「孤独のグルメ」を見ていると、今まで「泉昌之」名義で出版されていた名作漫画の数々の台詞が久住昌之氏の物であったことをつくづく思い知らさせられる。
 今までは、作画担当の「泉晴紀」氏の屈折した人間像の投影としてあの台詞を受け止めていたんだが、松重豊氏のゴローさんでもまったく違和感がないどころか、ますます磨きがかかって、光り輝いているではないか。

 

 この、オッサン、当たり前だが、只者ではない!

 それにしても楽しそう。「ちょろぎ」って説明書きしてる。でも、北海道の人って「ちょろぎ」分かるのかなあ?自分は北海道を出るまで「ちょろぎ」は知らなかったからなあ。

 さあ、始まったぞ! そういえば、以前、氏の「ゴージャスの人」というタイトルを、誰かが「ゴージャスな人」と間違えたことに氏が腹を立てて、この「の」が「な」に変わったらぶち壊しであることの説明をどこかで展開していた記憶が有るんだけど、この場合も「孤独なグルメ」になったりしたらまた怒って、その説明をしてもらえるんだろうなあ。
 それも聞いてみたい気がするなあ。

 そしてサイン会。

 今宵の飲み会は市役所の偉い人とだけだって!市のO氏に言われて、仕方なく背中を丸めて家路についた一日だったぞ。まあ、仕方がないね。遅ればせながらのご報告。

 P.S.

久住氏に教えてもらった泉晴紀氏の電話番号で連絡が取れた!
最近といっても2010年、若い嫁さん(漫画家の山崎 紗也夏)をもらって、嫁さんのTwitterでやっぱりいじられてる。

孤独のグルメ2013年02月24日 23:59


 さて、場所はマチバルの2階。旭川ケーブルテレビポテト星野さんも来てるぞ。結構いっぱい人が集まった。さすが、「孤独のグルメ」人気だ。

 久住昌之氏登場!「孤独のグルメ」と「花のズボラ飯」的トークがさすがに面白いぞ!人を楽しませることを常に考えているプロだなー!

 音楽もいいなー。ブルース基調の腰砕け歌詞がやっぱり、久住昌之だ!


 ラーメンみづのからも花束が来ていた。久住昌之氏の大好物らしい。

 ここが、みづのだ。
 生姜ラーメンが絶品の店だ!他のメニューもいろいろ有って、頼んでみたいけれど、必ず生姜ラーメンは頼むので、結局、他のものは一度も注文できないでいるらしい。
 おそらくこれからも、他のメニューは頼むことはできないだろうから、みづのの生姜ラーメン以外のメニューという謎に一生思い苛まれる予感にとらわれてるようだった。
 

 ほんと、トレードマークの笑顔がかわいい!

 右が、市のO氏だ。旭川の将来はこの男の双肩にかかっているのだ!がんばれ、ミスター旭川市!まけるな、雇用創出促進協議会!

 ギターもウクレレもこなす。しかも美声!今日は、現地調達ということで、なんと忌野清志郎画伯の絵のプリントされたウクレレで演奏した。

 曲がったことが嫌いなんで、楽器もソプラノサックスなフクムラさん。

 しかし、久しぶりにずいぶん、飲んじまったぜ。

 例の旭川名所で記念写真。

 というわけで、CDもゲット。


 井の頭五郎役の松重豊さんはほんとに毎回腹をすかして撮影に望み、ほとんど撮り直しとか無しに完食するんだそうだ。

 さて、明日は・・・ってもう今日だが、昼から例の「旭川市雇用創出促進協議会]のセミナーだ。これにもちょっくら出掛けて雇用創出促進協議会。

北の恵み 食べマルシェ2012 in 旭川 (3)「名古屋名物手羽先から揚げ」と名古屋の思い出2012年09月15日 15:04


北の恵み 食べマルシェ2012 in 旭川 (2)
に書いた「名古屋名物手羽先から揚げ」だけど、
買ってきたついでに、「世界の山ちゃん」のチラシをもらってきた。



 これによると、「昭和56年6月14日、名古屋の新栄に「串かつ・やきとり やまちゃん」が誕生」となってるね。当初から、「手羽先から揚げ」がメニューにあったかどうかは書かれていない。

 おいらが始めて名古屋の「手羽先から揚げ」に出会ったのは確か昭和49年くらいのことだった。

 あの頃は名古屋には焼き鳥屋は本当に一軒もなかった(ずいぶん探し回った!)から、「やまちゃん」はそういう意味でも名古屋では新しい店だったに違いない。

 あの頃通った店は、今の地図を見てもなかなか分からないんだけど、確か守山区に渡る橋のそばにあったような気がする。

 その店が『鶏料理の風来坊』だったのかなあ。

 近くに名鉄の駅があったと思ったけど・・・。

 ***

 駅裏から、守山区大字瀬古字屋敷という住所の、農家の入り口、おそらく門番か、使用人が住んでいたと思われる、大きな塀の一部が家になっているところを借りて移りすんだんだ。

 渡り廊下を歩いてゆくと、汲み取り便所があった。直接、肥溜めに続いている便所で、夜中に寝ぼけたまま小便をしに行って、ふと気がつくと、小便の便器いっぱいに大きな蛆虫がびっしり上がってきていて、それが小便で流れて便器が詰まって、小便が流れて行かない!そのなかでものすごい数の蛆虫がうごめいているんだ!!

 もう、卒倒しそうになるほど驚いたな。なるほど、でかいハエがたくさんとびまわっていたワケだ。

 そこで、翌日、バケツで水に薄めるタイプの殺虫剤を買って来て、大と小両方の便器にどんとぶちまけた。

 これで安心と思っていたら、夜中に、今度は体が半分茶色に変色した、蛆虫がやっぱり、便器いっぱいにびっしり上がってきているんだもの、もう、地獄の有様を見るようで、恐怖のどん底に叩き込まれたモンだった。

 あんなデカいハエは見たこと無かった。旭川というか、当時、北海道の便所はまだまだ汲み取りが多かったから、ハエはずいぶん多くて、ハエ取リボンの下がった店がずいぶんあった。

 なので、ハエなんか慣れていると思っていたが、もう、すごいでかさで、しかもすごい生命力だ。あんなのは見たことが無かった!

 ハエ取リボンよろしく、ゴキブリホイホイでハエを追い回してくっつけてみると、今度はその場で蛆虫が腹からぞろぞろ出て来る始末!!

 きゃー!!!

 気持ち悪い話でごめん!それにしても、懐かしくて、あの頃の光景が次々と浮かんでくるよ。

 朝になると、横の畑に雉が何羽も来ていた!ものすごい声で鳴いて、うるさかったなあ。

 一緒に住んでいた猫は、いつも一緒に散歩をしてくれた。押入れの中にダンボールと毛布を用意しておいたのに、帰ってくるとおいらのベッドの中で子猫を4匹生んでいた。

 アパートに住んでいたとき、この猫が部屋にいたのに、うっかり戸を締め切って出かけてしまったことがあった。帰ってきてみると、自分の餌の入れ物の中におしっこをしていた。きっと、ずいぶん考えて悩んだんだろうなあ。今までで、あんなに頭がよくてかわいい猫は見たことが無い。

 いつも行っていた安いホルモン屋の兄ちゃんが、東京に引っ越す事を伝えに行ったら、寿司屋に連れて行ってくれた。おそらくその店で使った全額より高い寿司だったと思う。

 
 ジャズ喫茶のマスターがやっていた絵画教室というかデッサン教室に通っていた。そのときのモデルが、カメリア・マキさんだった。(ブルースギタリスト静沢真紀さんは別人)

 カメリア・マキさんは今では魔女として有名みたいだな。ネットで占いをしていたり、テレビにも一時出ていたようだ。

 あの頃はもう、長い髪のすごく素敵な美人で圧倒的な存在感だった。アルバイトで金粉ショーかナンカやって、その後地下鉄でやってくるんだけど、プロ根性の強い方で、下着の跡がつかないようにと、スタジオにはノーパン、ノーブラでやってくるんだ。ミニのワンピースで。

 
 みんな、もう幻のように消えてしまったな。一度、名古屋を車で通ったけど(一体何の理由で行ったのかも覚えていない)まったく道が分からなかった。

 当時ホンダのCL450という、めちゃくちゃレアなバイクを手に入れてのってた。オープンしたばかりの、岡崎のレッドバロンで新古車を買ったんだ。

 名古屋港で輸出用の繊維の梱包のバイトをして金を作った。一ヶ月働いて、金をもらった帰り道は、いつもの中村遊郭の中を歩いて帰るんだが、みんながこの金を狙ってる気がして、気が気じゃなかったなあ。

 旭川から出てきたばかりの、右も左も分からない小僧に、街角に立っている例のおばさんたちがよってきては、
「ねぇ、もう帰るの?いい子がいるのよ。よってってェ」
 ってあっちからもこっちからも声をかけるんだ。もう、危うく引っ張り込まれそうになるのを、かわしながら帰ったモンだった。

 いつもは貧乏そうなおいらに目もくれないのに、鼻が効くんだ。

 きっと、いつもは持ったことの無い金を懐にしていたんで、ソワソワした態度が出ていたんだね。よく襲われなかったもんだ。

 それから、名古屋はとても見慣れた街になっていった。ずいぶん道には詳しかったはずなのに、もう、何にも覚えていない・・・。


***追記

・・・「世界の山ちゃん」!はっきり言って、あの味は無いぞ!(t_t)

 おいらの知ってる、「名古屋名物手羽先から揚げ」では、断じてない!

 味は薄いし、揚がり方も弱い!美味しいからって、今回、人にもあげちゃったのに!・・・(t_t)

 忙しかったから?それもどうかと思うけど、あれが普通だったら「名古屋名物手羽先から揚げ」はもう名乗らないでくれ!・・・(t_t)

 ・・・まあ、主観の違いだって言われればそれまでなんだけど。少なくとも、今回、北の恵み 食べマルシェ2012 で買ってきた「世界の山ちゃん」の「名古屋名物手羽先から揚げ」!はガッカリだったよ!・・・期待しすぎたのか?
 

北の恵み 食べマルシェ2012 in 旭川 (2)2012年09月15日 12:45


 天気予報だと、曇り時々雨みたいだったが、快晴だ。


 朝10時に花火が上がって、何か小学校の運動会めいたウキウキ感で始まったぞ。

 まだ人通りは少ないけど、これからだな。

 ラーメンとそばははずせない!

 
 パエリアもあった!


 こちらは7・7緑道のスウィーツ小路

 ここから常盤公園までずっと続いている。




 常葉公園では自衛隊の吹奏楽団が演奏していたけど、写真を撮るのを忘れた(t_t)

 北名古屋市からも来ていて、「世界の山ちゃん」の手羽先は行列ができていた。懐かしいなあ、名古屋の手羽先から揚げ!

 ・・・北名古屋市という市があるのは知らんかったが。・・・2006年にできたんだね。

 そういえば、以前にローソンで「名古屋名物手羽先から揚げ」という文字に、色めきたって、「からあげ君」を買ってしまってがっかりした事があったな。単なる「名古屋名物手羽先から揚げ」の、「からあげ君」だった。もう、腹立たしいやら悔しいやらでしばらく収まりがつかなかったぜ。しかも味は「名古屋名物手羽先から揚げ」ですらなかった!ひどいぞ>ローソン!

 旭川にはうまいものがいっぱいあるんだから、何も「名古屋名物手羽先から揚げ」を買わなくてもよさそうなもんだけど、「名古屋名物手羽先から揚げ」にはいっぱい思い出があるからなあ。

 初めて名古屋に住んだのは、もう、40年近くも前の事だ!言っていて自分で驚いてしまう事実だ!40年!そりゃ、街も変わるよ。

 受験に失敗して、河合塾に通いながら、駅裏の中村遊郭から道路一本隔てたアパートに住んでた。その頃も、名古屋といえば、名古屋コーチンが有名だったので期待していたけれど、その頃、名古屋には探しても探しても、焼き鳥屋が一軒もなかった!

 そしてようやく見つけたのが、「名古屋名物手羽先から揚げ」の店だったんだ。

 その頃は別に「名古屋名物」を標榜はしていなかったと思うけど。

 何という店だったかはもう忘れたけど、その後、東京に移り住んだ後、しばらくして、吉祥寺で、「名古屋名物手羽先から揚げ」の店「鳥良」がオープンした。

 なんだか懐かしくて、ずいぶん通ったぜ!

 「世界の山ちゃん」がはたして、その直系かどうかは分からないが、その雰囲気は伝わってくるからねー。

 






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